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固く閉ざされた、記憶の箱の鍵は何処だ?
Vanish
第8話:「記憶の鍵」
まだ足元のおぼつかないキリトを抱きかかえて
車に戻った。
暖房をガンガンにつけて、車内を暖める。
お互いベチャベチャに濡れた服を脱ぎ去った。
キリトはリクライニングをかけた俺の身体の上に乗っかって
ただ、ぼうっと真っ暗の海を眺めていた。
一糸纏わぬお互いの身体。
肌が触れ合う所からどんどん温まってくる。
ふいにキリトの手に自分の手を重ねると
ちらりと俺に目を向けた。
「何・・?」
「寒くないかと思って」
「ん、平気。お前ぬくいし」
「そっか・・」
それだけ口にしてキリトはまた海を眺める。
海辺には人影一つなく、波の音しか聞こえない。
遠くで耳鳴りがした。
「潤・・・?」
「なぁに?」
「もう・・・死ぬなんて考えるなよ」
「・・・」
「お前が死んだら俺が辛い・・・」
「ん・・・・」
「記憶が無くたって・・俺が居ればまた作れるし・・・な?」
胸元から俺を見上げるキリトの顔は
酷く不安げで、今すぐ何かを云ってやらないと
その不安に押しつぶされそうだった。
「ん。もう考えない・・・死ぬなんて考えないよ」
「約束しろ」
「うん」
「記憶・・・まだ戻らないのか?」
「ん?戻ったよ」
「えッ?」
「一部だけど・・・戻った」
「本当・・なのか?」
「うん・・あーたのおかげだよ」
「そうか・・・・・良かった・・」
不安に押しつぶされそうだったキリトの表情は
一気に不安を掻き消して、安堵に変わる。
俺の胸に顔を摺り寄せて、良かった良かったと何度も呟いた。
「俺さ・・・・あーたと居れば記憶が戻りそうな気がする」
「え?」
「今回も、あーたの言葉が切欠で記憶を取り戻したんだ」
「そう・・なのか?」
「うん。だからもしかしたら他の記憶も、戻せるかもしれない」
戻せるかどうかなんてその時にならないと判らないけど
事実一部の記憶は確かに俺の元へと戻ってきた。
そこからまた少しでも思い出せれば、どんどんと絡まった糸がほどけていくような気がした。
「だから・・・俺と居て?これからもずっと・・」
「ん・・・記憶が戻っても傍にいる」
「もう忘れたりしない。絶対に」
記憶が失われないようにと、記憶の箱に鍵をかけたのは俺だった。
そしてその鍵を無くしてしまったのも、俺自身だ。
大事なその鍵を無くしてしまった事で
俺の記憶は開かれること無く、永遠に闇の中に葬られた。
だけどその鍵を、拾ってくれた人が居た。
それがキリトだった。
鍵を拾って、それで開けてくれたんじゃなくて
俺自身に鍵を返してくれた。
箱を開けるのは自分だと。
そう云って。
鍵が見つかって、記憶の箱を開ける術が見つかった。
でもそれにまた蓋をして見えないようにするのも
開錠して見えるようにするのも
全ては自分次第。
俺が開けちゃ意味が無い。
そう云って渡された鍵を
俺は躊躇いなく開錠する。
そして開いた箱から出てきた記憶が、さっき思い出した一部だ。
きっとこれから先も俺はこうやって記憶を取り戻して行くんだと思う。
だけど何時か、
無くした鍵を自分で見つけられることが出来るだろう。
その時にはほぼ全ての記憶が戻っていて
横にはキリトが居てくれている。
自分で見つけ当て、拾ったその鍵で
記憶の箱の最後の鍵を開ける。
記憶の最後にあるのはきっと
今までの楽しかった二人の思い出。
あーたを愛した全ての日の思い出だろう。
それが何時来るのか俺には判らない。
もしかしたら明日かもしれないし
1年先かもしれない。
5年先かもしれないし
もしかしたら死んでからかもしれない。
たとえ何時になっても俺は
きっと鍵を見つけ出し、最後の箱を開ける。
キリトと新しい記憶を作りながら、失われ蝕まれた記憶を取り戻しながら。
「キリト・・・?」
「ぅん・・・?」
ぬくもった車内で、心地よさそうにウトウトしかけているキリトに声をかける。
頭を撫でるとくすぐったそうに顔をしかめた。
あーたが眠る前に、どうしてもこれだけは云いたくて。
「有難う」
そう口にすると
キリトは「どういたしまして」と何時もの返事をくれた。
そして、再び目を閉じた。
規則的な寝息が聞こえてきて
俺も眠りのサイクルへと誘われる。
自然な眠りに誘われて、瞼が重たくなるのを感じ
逆らわずに瞼を閉じた。
その先は真っ暗の闇に違いは無かったが
何時もよりは幾分明るく感じた。
それはきっと、キリトがそばにいるからだろう。
記憶が葬られる闇で、
無くした鍵を探す俺に一筋の光を当ててくれる存在。
絶対にもう忘れたりしない。
鍵はきっと
探し出してみせる。
薄れゆく意識の中で
キリトが呟いた言葉があった。
確かに呟いたその言葉に
俺の目から一筋の涙が流れた。
「好きだ」
それは酷く俺の胸を打ち、懐かしさを思い出させる。
その言葉でまた一つ、俺は見つけた。
初めてあーたが「好き」だと云ってくれた日の
記憶の箱の鍵を。
■一言■
というわけで、「Vanish」も最終話を迎えましたー。
いやはや何だか歯切れの悪い最後でしたね(汗)ちょっと自分でも書いてて思いました(苦笑)
でも最後はこういう雰囲気で終わらそうと思っていたので…
それを変えずにそのまま最後まで持ってきたのですが…。
「Jealous」に続いて、「Vanish」も沢山の方に支持頂けていて
そして、やっとこさ最後を無事に迎える事が出来て本当に嬉しいです。
最後まで暖かく見守って下さり有難う御座いました!
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