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海に流がされて
Vanish
第7話:「海の藻屑と成りて」
車を南に走らせた。
兎に角南に南に。
暫く走り行き着いたのは海。
昼間なら冬でも幾らか人は居ただろうが
時間は日付が変わろうとしている。
こんな時間に、ましてや冬に人なんて居るわけも無くて。
誰も居ない淋しい海を見て何だかほっとした。
誰も居なくて良かった。
車を降りて、俺は砂浜を歩く。
ザクザクと砂と砂が擦れ合う音がする。
波の傍に来る間に、靴の中は砂だらけになった。
俺はその靴を脱いで、靴下を脱ぎ捨てる。
波が打ち寄せた時にちょこっと足が波に触れる。
水は信じられないぐらい冷たかった。
そこで膝を抱えて座り込んだ。
ズボンも足も、打ち寄せる波ですぐに濡れてしまった。
ザザザザザザザザザーッッ
波の打ち寄せる音だけが耳に響く。
記憶を思い返して見ても
覚えているのは、ベットの上でキリトと目を覚ました時から。
あれより以前の記憶は全く無い。
きっと、それ以前の記憶は闇に葬られてしまったんだろう。
たった一つの小さな欠片程度すら残されていない。
愛しいあーたと過ごした楽しい時間だとか
苦しい時間だとか、そういう大事なものが全部蝕まれた。
俺の意志ではどうにもならなかった。
寧ろ、失いたくないと思う事で大事なものを失った。
もうこれ以上。
失うのは嫌だ。
記憶も
あーたも。
濡れた砂を掴んで、俺は立ち上がった。
そのまま後ろは振り向かないで
海に向かって足を進めた。
一歩。
一歩。
水は膝を通り越した。
前に進むのがしんどくなってくる。
それでも戻る事はしなかった。
冷たい水が足に針のように刺さる。
チクチクチクチク。
でもそれは
記憶を無くした痛みに比べれば
どってことない。
腰の位置まで水が来て、いよいよ前に進めなくなってくる。
波が身体に当たって、何度も押し返されそうになる。
その度に、自分のしている事が過ちだと感じて
戻った方がいいのかと思う。
でも、今更元には戻れなかった。
足の感覚がなくなってきた頃には
水位が首の辺りまで来ていた。
水が顔に触れた時に
少しながら恐怖を感じた。
このままあと数歩踏み出して目を閉じれば
きっと楽になれる。
そう思って目を閉じかけた時
耳に何かが届いた。
その何かに振り返らなければいけない気がして
後悔する気がして、振り返った。
揺らぐ視界で見えたのは
「潤ーーッッ!!!!」
「キ・・・リト・・・?」
必死の形相で海へと入ってくるキリトの姿だった。
「潤ッッ!!!!潤ーッ!!!」
「あー・・・た・・どして・・」
俺は進もうにも進めないでいて、足が動かなくて。
キリトは打ち寄せる波を掻き分けて必死に俺の元へやってくる。
途中水を何度も飲んで咳き込んでいたけど、それでも前に進む事は辞めなくて
気が付けば、腕を掴まれていた。
「ッは・・・はぁッ・・・・潤ッ・・・」
「あーた・・・何でココに・・・」
「その分じゃ・・・メール見てねぇなッ・・・ごほッ・・」
「ちょっッ!あーた早く浜に戻りなって!あーたまでッ・・・」
「馬鹿云うなッ!俺はお前と死にに来たんだよ!戻るワケねぇだろ!」
「何・・・云ってんの・・?」
キリトの云う事が理解出来ない。
俺と一緒に死ぬ?
何云ってるんだよ。
俺となんて死ねるわけ・・・・
そう思っていると、掴まれた腕をグイッと引っ張られて
どんどん沖へと進んでいくキリト。
俺より少し背の低いキリトの口許まですでに水位は来ていて
キリトはあぷあぷと顔を上に引き上げながら沖へと進んでいく。
「キリトッ!!!キリトってばッ!!!」
声を掛けたって、キリトは振り返りもしなかった。
ただ沖へ沖へと進んでいこうとする。
その時、目前のキリトの頭がズブリと海へと沈んだ。
「ッ!!!キリトッッ!!!」
掴まれた腕が離されそうになって
俺は慌ててその手を掴んで引き上げる。
水をたっぷり含んだその衣服と、足場の定まらない所為で
容易にその身体を引き上げる事は出来ず、
俺は腕を掴んで引っ張り寄せ、やっとの思いで引き上げた。
どうやら砂に足を取られて、沈んでしまったようで
引き上げたキリトの顔は怖いぐらいに白かった。
水を沢山飲んですでにぐったりしているその身体を
俺は抱き上げて浜へと踵を返す。
兎に角、キリトだけでも浜に・・・。
キリトを一緒に死なせるわけには行かなかった。
脱いだ靴の場所からは大分沖へと流れていて、
違う波打ち際に上がった。
ぐったりした身体を砂浜に横たえて
頬を叩いた。
「キリトッ。キリトッ」
ピタピタ叩いても、身体を揺すっても
反応がない。
「キリトッ!」
俺はふと、
一向に意識を戻さないキリトの唇にそっと手をかざした。
「ッ・・・・嘘・・・」
かざした手には、息が拭きかからなかった。
呼吸していれば、かざした手に幾分かの息が拭きかかる。
なのに、キリトの唇からは息が漏れていない。
「嘘だろ・・・キリトッ!!!キリトッッ!!!」
怖いぐらいに青ざめていく唇。
白い顔。
冷たい身体。
勿論、ピクリとも動かない。
「キリトッ!!!・・・そうだ・・人工呼吸ッ!!」
気が動転して、俺は人工呼吸をすっかり忘れていた。
水を飲んでいるんだから、早く吐かせないと。
そう思って、見よう見まねで人工呼吸をする。
起動を確保して、鼻をつまんで
冷たい唇にそっと自分の唇を重ねる。
一瞬、口内に広がった死の味。
それに目を瞑り、俺は息を吹きいれた。
横目で視界に入るキリトの肺が盛り上がる。
よかったちゃんと空気が入ってる。
それを確認して、今度は心臓マッサージをする。
キリトの肋骨が折れないように気をつけながら。
「キリトッ!!目ぇ覚ましてキリトッ!!!」
人工呼吸。
心臓マッサージ。
人工呼吸。
心臓マッサージ。
繰り返す間に
自分自身の身体も冷えていって、全身が震え出す。
でもこれは、ただ冷えているだけじゃなくて
本当に心から俺が震えているからだった。
頬を暖かい涙が伝う。
死なないで
俺の為になんて
死なないで
「キリトッ!!」
何度目かの人工呼吸で唇を重ねた時
押し返される空気を感じた。
それに唇を離すと、キリトの唇から水があふれ出てきた。
「ッ・・・ゲホッッ!!・・・ゴホッ・・」
「キリト!」
水をイキオイよく吐き出したキリトは
苦しそうに何度か身体を上下させる。
俺はその身体をそっと抱き起こして
背中をさすってやった。
「キリト・・・?聞こえる・・・?」
上下した身体が落ち着いて、ハァハァと深い呼吸を繰り返す。
そしてキリトは硬く閉じた目を開いた。
「キリト・・?俺が判る・・?」
「・・・じゅ・・・・ん・・」
「良かった・・・・キリト・・・」
俺の目を見てキリトが俺の名を呼んだ。
それがただ愛しくて嬉しくて、俺はその身体を抱きしめた。
「もう・・意識が戻らないかって・・・」
「・・・・どうせなら・・そのまま放っておいてくれて・・よかったのに・・・」
「え・・?」
キリトは耳元で確かにそう云った。
放っておいてくれてよかったと。
「そのまま・・・死なせてくれればよかった・・・」
「ッ!・・・何云ってんの!?そんなわけッ・・・」
「じゃあ何でお前は死んでいいの・・?」
「ッ・・・・」
「おかしいだろ・・・?俺が死んじゃ駄目でお前が死んでもいいなんて・・」
「でもッ・・・でも俺はッ・・・」
「記憶がないぐらい・・なんだよ・・」
「俺だって、あーたとの事何一つッ・・」
「・・・・記憶無くす前に・・話したんだ。お前と・・」
「え・・?」
「記憶が無くなっても・・また作ればいいって」
「だけど・・・だけどッ・・・」
「死ぬなんて云うな・・・・死んだら全部お終いだから・・・」
「キリト・・・ッ・・・」
「傍に居てよ・・・潤・・・」
『記憶が無くなっても、また作ればいい』
『大丈夫。もし、お前が俺を忘れても、また思い出させてやるから』
『思い出なんて・・また作ればいいだろ』
『お前が忘れても俺は忘れない。またやり直せるから』
思い出した。
「忘れてもまた作ればいいじゃん・・・。そうだろ?・・・潤」
そう云ってあーたはあの時も笑っていた。
風呂上りのソファーで二人で居た時。
あーたの身体を抱きしめて「死んだ方がマシだ」と考えた俺に
あーたが云った言葉を。
「・・・御免ッ・・・俺・・・俺ッ・・・・」
「お前が忘れても・・・俺が居るじゃん・・」
「キリトッ・・・」
抱きしめたその身体は
キリトが目を覚まして動き出したことで
少しながら暖かくて。
蘇った記憶の中にあるぬくもりと同じだった。
腕も、その身体の温かみを覚えている。
それは、あーたとの大事な記憶が蘇った瞬間だった。
■一言■
大変長らくお待たせいたしました。
やっとこさVanishの7話目を書き上げる事が出来ましたー…ふぅ。
もっと死とかそういうのをリアルに書きたかったんですが全然文才がないので…
これが精一杯でした…くすん。
潤君の記憶が戻りまして、さぁ次回最終話ですッ!!
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