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あーたを忘れるぐらいなら。
Vanish
第5話:「強い想いの招くモノ」
「冗談だろ・・・?」
「・・・・・誰?あーた」
「冗談だろ潤ッ・・・」
「何で、俺と寝てんの・・?」
目眩がした。
恐れていた事がこんなにも早く訪れるなんて。
色の無い瞳は、俺を不思議そうに見つめているだけだった。
「俺の事・・判らないのか?」
「誰・・・?」
「キリトだよッ!お前と一緒にバンドやってるキリトだよッ!!」
「バンド・・・?」
「そうだ!お前は俺のバンドのギタリストでッ・・・俺とお前はッ・・・・」
「あーたと俺は・・・?」
「付き合ってんだよッ・・・」
肩を掴んで揺さぶりそう告げる。
否定されると思った。
今のコイツに本当に俺の記憶がないのなら
コイツが俺を好きだって事も、俺がコイツを好きだって事も全部忘れてしまっているのだから。
気持ち悪いと、冗談でしょと、否定されるのがオチだと思った。
「俺とあーたが・・・?付き合ってる?」
「そうだよッ!俺はお前が好きで・・お前も俺の事好きでいてくれてッ・・・」
「そうなの・・・?」
「昨日もこうやって一緒に寝てたんだッ!いつも一緒にッ・・・」
「一緒に寝てたんだ?昨日も?」
「そうだよ、俺の事・・・本当に忘れちまったのかよ・・・」
潤の身体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
いつもなら俺が抱きしめられる立場なのに。
潤の頭を抱え込んで、その髪に顔を埋めたら
懐かしいいつもの匂いがして、何だか涙が出そうだった。
本当に俺の事忘れたのかって思ったら。
『思い出なんてまた作ればいい』
そうは云ったけれど、やっぱり本当にコイツの中から俺が居なくなるとなると
そんな言葉は吐けなくなった。
「潤ッ・・・・」
「・・・・キリト」
俺が涙で声を詰まらせていたら、
そっと身体を離され、今度は逆に潤に抱きしめ返された。
その腕は、朝が来る前となんら変わりは無かった。
「潤・・・?」
「ねぇ、キリト?」
「何だよ・・・」
「本当にあーたの事忘れたと思った?」
「え?」
何て云った?
「今・・今なんて・・?」
耳を疑う言葉に俺は思わず潤から身体を離す。
潤の顔は意地悪そうに笑っていた。
「まさか・・」
「忘れたりしないよ。あーたの事」
「ッ!!お前ッ!騙したのか?!」
「だって、からかったらあーた本当に泣きそうになるんだもん」
「お前ッ・・・最ッ低だぞ!!」
「冗談だよ。忘れたりしてない」
「ッ・・・・ふざけんな馬鹿ッ・・・」
最低だコイツ。
俺はてっきり本当に記憶を無くしたものだと思って
お前の目の色が無くなってしまった事に不安になっていたっていうのに。
からかっただけだなんて。冗談にもホドがある。
でも、本当に忘れたんじゃなくて良かった。
「今日は仕事は?」
「え?あ、あぁ仕事は午後から」
「そっか。じゃあもう少し寝よう。俺まだ眠い」
「ん」
今日は仕事が午後から。
時計を見たらまだ7時を過ぎたところだった。
潤は俺の頭をぽんぽんと叩くと、ベットに身体を横たえた。
俺も横になり、潤にくっついた。
その背中を抱きしめてくれた腕は、何時もとなんら変わりは無かった。
「オヤスミ、キリト」
「オヤスミ」
再び目を閉じて、俺と潤は眠りに落ちた。
次に目が覚めたら11時を過ぎていた。
横に居るはずの潤の姿は無く、リビングからカチャカチャと食器の音がするのを耳にして
あぁリビングかとベットを降りた。
リビングに出ると、テーブルには食事の用意が整っていた。
「あ、起きた?おはよー」
キッチンからひょいと顔を出した潤は「座っててー」とテーブルを指差し
またキッチンへと戻った。
俺に安堵の息が漏れる。
良かった。いつも通りの潤だ。
暫く椅子に座って待っていると、料理を持って潤がキッチンから出てくる。
俺の前に腰を下ろして手を合わせた。
「じゃあ頂きますっ」
「頂きます」
まともなメシを食べるなんてちょっと久し振りだなんて思いながら
俺は料理に箸をつけた。
潤は「おおっ美味い美味い」と自分の作った料理に自画自賛しながら
俺の分を小分けにして皿に盛ってくれたりしている。
「マネ、もうすぐ来るんじゃない?」
「えっ?あ、あぁもうそろそろかな」
「じゃあ早いとこ食べちゃおうッ。風呂入りたいしね」
「そうだな」
マネージャーが迎えに来る事を知っている。
本当に朝方の事は俺をからかう為の冗談だったんだと確信した。
それから食事を済ませて、マネージャーが迎えに来る頃には
珍しくすっかり出る準備が出来ていた。
今日の仕事は打ち合わせだけ。
早く家に帰れそうだ。
***
仕事先について、控え室に入るとすでに他のメンバーは集まっていた。
一通り挨拶を済ませて、俺と潤はソファーに腰を下ろした。
「あーた何か飲む?」
「じゃあお茶」
「はいはいー」
潤は葉巻を咥えたままお茶を入れに立つ。
俺も煙草に火をつけた。
少しして、お茶が差し出され横にまた潤が戻ってきた。
「早く仕事終わるといいねー」
「だなー。打ち合わせだけだし長引きはしないだろ」
「だといいけどー。あ、そうだ俺ちょっとタケオ君に用事あるから行ってくるね」
「おう」
潤はそういうと、葉巻の火を落としスタッフと話をするタケオの所へ向かった。
その背中を見送って、紫煙を吐き出した。
***
「タケオ君、ちょっといい?」
「ん?あぁいいよいいよ」
「此処じゃちょっとマズイんだ。外出れる?」
「おう、構わないけど」
「じゃあ廊下で」
スタッフと話をするタケオ君に声を掛ける。
廊下で話をする事に快く了承してくれたタケオ君と共に
俺は控え室を出た。
背中に、もうキリトの視線は感じ無かった。
廊下は少しひんやりしていた。
控え室から少し離れた所にある喫煙所のソファーに
向かい合って腰を下ろした。
「どした?何か俺に相談とか?」
「ん、まぁそんなとこ」
「云っとくけどノロケは聞かないからな」
「そんなんじゃないよ」
二人して煙草と葉巻に火をつける。
「で、話って?」
「あのさ・・・。タケオ君は、人間の記憶が無くなるって事、信じられる?」
「え?」
「記憶がちょっとずつ蝕まれるっていうか」
「何それ、お前そうなの?」
「・・・・・信じて貰えるかは判らないけど・・ここ数日記憶が変なんだ」
俺はここ数日自分の記憶が欠落している事をタケオ君に話した。
ティッシュの箱の事、コータにCDを催促していた事、アイジとの約束の事。
それを聞いたタケオ君は、困惑していた。
でもまだどこか疑心暗鬼な表情だった。
「でもさ、それだけじゃまだ何とも云えないよ?」
「違うんだ。本当に記憶が無くなってるんだよ」
「・・・何か確信をつくような事があったの?」
「確信?」
「そう。もっとこう・・・決定的な事」
「ん・・・ある」
「何を忘れたの?仕事の事?」
「違うよ。もっと大事な事」
「何?」
『忘れたりしないよ、あーたの事』
「キリトの記憶が全く無い」
朝起きたら、自分の横に眠る人が一体誰なのか全く思い出せなかった。
黒髪のこの人は誰なんだろうって。
暫く考え込んで居たら、その人が目を覚まして
俺が「誰?」と口にした事によって
その人の顔色が一変した。
目で見ただけでも判る。
明らかに動揺して、不安で一杯になっていた。
涙に声を詰まらせて、愛しそうに俺を抱きしめる姿に
「冗談」だと何とか誤魔化しはしたものの
どうしても、思い出せなかった。
バンドの事や仕事の事は全部ちゃんと記憶にあるのに
どういうわけか、キリトの記憶だけは無かった。
記憶はないものの、気持ちのどっかで「大事な人」と云う事は理解している。
抱きしめられた時に、愛しいと感じたから。
でもどれだけ記憶を辿って思い出せないのだ。
「嘘だろ・・?キリトの事だけ忘れてるなんて」
「嘘じゃないよ。皆事は判るけど、全然キリトの事が判らない」
「だって、お前普通にキリトと来たじゃないか」
「普通を装ってただけだよ」
暫しの沈黙がお互いの間に流れて
その場にはジジジッという煙草が燃える音だけしか聞こえなかった。
俺がはぁと溜息をつくと、タケオ君が短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
「とりあえず、俺に出来る事あったら何でも云ってよ。協力するから」
「・・・ん。有難う」
「まさかキリトの事だけ欠落するなんてなぁ・・・多分キリトに対する思いが強すぎてだろうけど」
「多分ね。キリトとの記憶を忘れないようにって思ってたのが逆に駄目だったみたい」
「不安だろうけど・・」
「うん。でもキリトを不安にさせる方が何か怖くて」
「云わないのか?この事」
「云えないよ。キリトには」
「そっか・・・。とりあえず何かあったらすぐ連絡してこいよ」
「有難う、タケオ君」
多分一人でこの先、記憶が戻らないままやり過ごすのは無理だ。
だからタケオ君に相談した。
何かしら力になってくれるだろうと思って。
俺の中からキリトの記憶だけ無くなったのは
俺がその記憶だけを守ろうと、意識し過ぎた所為だろう。
強く思った記憶ほど、きっと先に失われていくんだ。
そう先に。
でも、結局は同じ事だろう。
どの記憶が先になって、どの記憶が後になっても
きっと行き着く先は同じ。
全ての記憶を蝕まれて
俺は闇の中に突き落とされる。
そういえばこんな誰かが云ってたな。
『大事な記憶を忘れるぐらいなら』
「死んだ方がマシだって」
■一言■
やっとこさ続き書きあがりました。
長編好きなんですが沢山同時進行してると何がなにやら…
自分で自分の首締めてます(苦笑)
潤君の記憶はキリトと関わったトコだけ欠落しています。
なのでタケオ君とか仕事の事とかはちゃんと覚えておるのです。
でも、キリトの首に痕付けた事とかは覚えていないので、タケオ君にも話してないです。
ふぅ。
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