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潰れたイチゴと
腐ったリンゴ。
俺たちは似たもの同士だ。
Jealous
第9話:「押し殺された感情」
<SIDE キリト>
「俺は潤君を許さない」
そう云い放ったアイジの目は
酷く荒んでいた。
潤は何も云わなかった。
ただその荒んだ眼を、じっと見ているだけだった。
二人の虚無の空間に挟まれた俺の方が苦しくなってきて
「アイジ・・とりあえず座れよ」
そう口に出す。
でもアイジは動かなかった。
代わりに
「キリトもどうかしてんじゃないの?」
そんな言葉が投げかけられた。
その言葉が痛いくらいに胸に突き刺さる。
確かに、あんな別れ方を告げられて
またヨリを戻したいと思う俺もどうかしてるのかもしれない。
「あんだけ泣いてたじゃん。なのにどうして?」
「俺はッ・・・幾ら泣いたって・・やっぱりコイツが好きだから・・」
「じゃあ何で俺に抱かれたの」
「ッ・・・・それは」
「抵抗しなかったじゃん。寧ろ俺にはそれを望んでるようにも思えた。あれは俺の自惚れ?」
「・・・・・・」
「自惚れかって」
「判るかよんな事・・・」
「これじゃあ俺が馬鹿みたいじゃん」
「アイジ」
アイジの言葉は最もで、俺には返す言葉が見つからなかった。
投げかけられ続けるアイジの言葉をせき止めたのは潤だった。
「キリトに八つ当たりはすんな。話なら俺が聞くから」
「ッ!!八つ当たりじゃねぇよッ!お前がしっかりしてないからだろッ!!」
「今回の事は本当俺の勝手だったと思うよ。お前を巻き込んだのも悪かったと思ってる」
「・・・・・・・」
「御免」
「ッ・・・俺は別に謝って欲しいワケじゃないッッ!!」
「アイジッ!!」
アイジはそういうと、部屋を駆け出た。
それを潤が立ち上がり追おうとする。
「いいよ、俺が行く」
それを静止して、俺が代わりに追いかけた。
その時に、イスに掛けてあったマフラーを手に取った。
潤ばっかりが悪いんじゃない。
元はと云えば、二人の問題にアイツを巻き込んだのは俺だから。
ここは俺が追いかけるのが筋だ。
関係ないアイジに甘えて、気持ちを持たせるような事をしたのは俺だ。
アイツを傷つけたのは俺だから。
玄関を出て、廊下を見回したら
非常階段の方にアイジの姿が見えた。
それを追いかけて追いかけて、
急な階段を登った屋上。
冷たい夜の風の吹き荒れる屋上の
隅っこにアイジは居た。
床に腰を下ろして、膝を抱えて蹲っている。
「アイジ」
荒い呼吸を整えながら、アイジの前で俺も腰を下ろす。
顔を左右から覗き込むも、その表情は伺えない。
「アイジ?」
声を掛けても返事すらない。
薄着のその肩は、寒さで小刻みに震えていた。
その肩に手をそっと置くと、ゆっくりアイジが顔を上げた。
「・・・別に・・追いかけてこなくてよかったのに・・・」
ポツリとそう呟く。
長い前髪の隙間からチラリと見えるその眼はやっぱり荒んでいて
灰色に見えた。
「んなワケ行くか。お前は大事なウチのギタリストだからなっ」
「・・・・そか」
俺の言葉にうっすら笑みを浮かべてまたアイジは顔を膝へと戻す。
「・・・ねぇキリト・・・」
「ん?」
「・・・・・潤君の事好き・・?」
「うん」
「喧嘩した時も変わらず好きだった・・・?」
「うん」
「そっか・・・」
「俺、アンタが好きだよ」
「それは前にも聞いた」
「絶対潤君よりアンタが好きだし・・潤君より幸せに出来る自信あるよ」
「うん」
「それでも・・・潤君がいいんだろ?」
「うん」
「じゃあ・・・始めっから俺に望みなんて無いじゃん」
そう云ったアイジは更にきゅっと丸くなると
頭を抱え込んだ。
「俺が抱いた時・・・どう思った?」
「え?」
「どう思った?」
「どうって・・・・」
「俺の事少しは考えてくれてた?」
アイジはそういうと、突然顔を上げて、俺を見据える。
灰色の瞳で。
「そりゃ勿論」
俺は「勿論」だと答える。
抱かれている時の記憶なんて、アイジに限らず潤の時だって
ほとんど覚えちゃいない。
ようは、満たされてるか満たされていないかの問題。
俺は、アイジに抱かれて満たされた?
「・・・・・・・・・・そっか・・・」
灰色の瞳は、小さくポツリとそう答えるとまた視線を膝へと落とした。
今、何が見えていたんだろう。
アイツの瞳に。
「仲直りする」
「え?」
「潤君と」
「そっか」
「大事なギタリスト同士が喧嘩は嫌だろうし。二人の間で片付いたならもういいや」
そう云ったアイジは、ゆっくりと立ち上がる。
肩に置かれた俺の手は、アイジがぎゅっと握っていた。
「・・・手冷たいけど」
「いいよ大丈夫」
繋がれたアイジの手は、本当に冷たくて血が通ってないんじゃないかと思うぐらいだった。
「キリト手ぬくい」
「俺は健康児だからな」
「児って。三十路も過ぎてんのに?」
「っさいお前」
「・・・・もっかい抱きしめていい?」
「ん。いいよ」
手をにぎにぎするアイジはそういうと
俺の腰を抱いて身体をキツク抱きしめた。
足が爪先立ちになって、ふらふらしそうな腰をアイジが支えていた。
首筋にアイジの髪がふわふわ当たってこそばい。
アイジはただ抱きしめて、耳元で「ありがとう」と呟いた。
抱きしめられていたのはほんの数秒で
そっと俺の身体を離すとぽんぽんと頭を撫でられた。
「先に下りてて。すぐ行くから」
「え?でも」
「逃げたりしないから。ちゃんと潤君と話するし」
「ん、判った。待ってるからな」
アイジはフェンス越しに街のネオンを垣間見てそう云う。
少しは一人の時間も必要か。
そう思って、俺は先に下りる事にした。
「あ、そうだコレ」
俺は手に持っていたマフラーの存在を思い出す。
アイジの首にクルリとマフラーを巻いて、じゃあとだけ声を掛けて俺は非常階段を下りた。
***
<SIDE アイジ>
キリトが階段を下りる音が聞こえなくなって
俺はフェンスに寄りかかって、ポケットにあった煙草に火をつけた。
肺に煙を吸いいれると、きゅっと締まる感じがした。
ふーっと煙を吐き出す。
こんな寒い中じゃ、煙なのか息なのか判りゃしない。
『俺の事少しは考えてくれてた?』
「『そりゃ勿論』・・・か」
さっきのキリトの言葉を思い返す。
抱かれていた時に、俺の事を微塵でも考えていてくれたのかどうか。
それに、キリトは勿論だと答えた。
でも実際は。
抱かれた後のベットの上で、眠るキリトの髪を撫でた時に
アンタの口から出た言葉。
『潤』
さっきまで一緒に居たのは俺で
アンタを抱いたのも俺で
今も横に寝ているのも俺なのに
なのに
アンタは『潤』と云った。
恨んでいるハズとも思える人の名前を呼んだ。
その時に本当は判ってた。
俺の入る所なんて無いって事ぐらい。
「アンタの眼には最初っから潤君しか映ってなかったじゃん・・・・」
それに気付くのが幾分遅かっただけ。
潰れたイチゴが傷ついた俺の心なら
それに気付けなかった俺の思考回路は
腐ったリンゴだ。
潰れてからじゃ、もう元には戻せない。
腐ったリンゴは、腐った後じゃどうしようもない。
好きになってから気付いたって、どうしようもないんだ。
「こんなに好きなのになぁ」
首に巻かれた紅色のマフラーは
まさしく腐ったリンゴ色。
感覚のない冷えた指先からスルリと落ちた煙草が
床に溜まった水溜りでジュッと音を立てた。
■一言■
途中でアイジ視点も加えてみたんですが、如何でしょうか?
何かよく判らないお話で申し訳ないです(滝汗)
そして、いよいよ次が最終回で御座います。
頑張るぞー!
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